雑誌
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東京人 特集・東京 なくなった建築 2005年4月号 都市出版 05/4/19 |
この本は、どうやら月刊の雑誌らしい。私は今まで全然知らず、見たことがなかったのだが、かなり前から刊行されているようだ(平成元年創刊らしい)。
バックナンバーのコーナーを見ると、庭とお屋敷見学ブックとか、たてもの保存再生物語とか、東京なつかし風景とか、東京みやげ決定版!とか、東京の路地大事典とか、もうまるで私の好きそうな特集ばかりが組んである。
こんな雑誌を今まで知らずにいたなんて、本当に残念だ。
いや、それよりも、この雑誌にめぐり合えたのが僥倖、と言うべきか。どうやら、東京の町を主題にした雑誌であるらしい。そのテーマの特集が多いからだ。
本屋の店頭で見て、いきなり、「東京 なくなった建築」というキャッチを見て、いてもたってもいられずに、どうしてもこの本が欲しくなった。
なくなった建築。まさか浅草12階はないだろうが、帝国ホテルはあるだろう。
…無残な解体中の写真が出ていた。
どうして私は、このような東京、「なくなってしまった」東京に否応無しに惹かれるのだろうか。
自分でも訳が分からずに、既にこの世にない、建物たちの写真を食い入るように見つめている。
中にはコンドルや、ガーディナーなど、有名建築家の建築もある。
それらを何一つ惜しむことなく壊して来た東京という町。ゾルゲ事件や帝銀事件など、歴史に残る裁判を行なって来たという最高裁判所の建物など、うっとりするような美しい、またとない赤レンガ建築だ。それも、惜しみなく潰された。
けれども、そんな中でも人々の懸命の努力によって生き延びた建築もある。
それが東京駅であり、こよなく美しい旧岩崎久彌邸である。
東京では、保存され、残される方がまれなのだ。そして、生き長らえた建築たちを慈しむことだけが、私たちの出来ることなのだ。
しかし、東京駅近辺は、今また再開発の波にさらされているという。遠くのことなので、私にはそれがどのくらい確かな情報なのかは分からない。けれども、辰野金吾の東京駅を、ぽつんと、あれだけ孤立させてしまうのは止めて欲しい。そう願うしかない。
たとえば、壊され、潰されても何も惜しくない建物もある。
この本に掲載されているもので、昭和になってから作られている東京宝塚とか、日活国際会館とか…、実物を見たことはもちろんないけれど、こういうのは、まあ私にしてみれば、壊してくれても残してくれても一向に構わない。
では、壊して欲しくない建物とはどういう建築だろう。
それはやはり、美しく、それを見ながらの町歩きが楽しくなるような建築なのだろう。
そして、そのような美しい建築は、私にとって、現代のビルではないということだろう。現代のビルにも、デザイナーが必死になってデザインした、ものすごいデザインの建物もあるだろう。もちろんそれはそれで値打ちがあることは分かる。
だけども、私はそれを美しいと思わない。というか、残して欲しいとは思わない。いや、美しい建物もあるだろう。あるとは思う。だけども、私の理想の建物ではないのだろう、多分。
失われたものだけが美しいとは思わない。
だけども、現代ビルの、デザインされたスマートな建物よりも、壊れかけた、薄汚い、汚れた壁のビルが愛しくてたまらないという、この私の気持ちはどういう種類のものなのか、私自身にも説明がつかない。
私は、町を縦横無尽に横切っている電線や、電信柱でさえ愛しいと思っているのだ。昭和の街並み、という奴へのノスタルジーなのだろうか。自分でもまったく分からない。
この本の写真を見ながらそんなことを考えた。
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